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塾長(神谷)の略歴

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塾長 神谷英樹

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1962年 愛知県生まれ。 愛知県立半田高校卒。中学時代に小松左京『日本沈没』を読んだのがきっかけで、高校入学のころには「地球物理学を専攻したい」という希望を持っていました。高校時代はテニスに熱中。数学や物理でけっこう苦労したほうですが、好きだったのでしぶとく頑張っていました。理系のくせに得意だったのは現国と漢文という変なやつでした。

そのまま受験生となり、地球物理学教室のある国立大学のうち東北大学理学部物理系を受験しましたが、不合格でした。名古屋の河合塾<京大理系コース>の試験には合格して入塾、1浪では欲が出て京都大学理学部に挑戦しましたが、またしても不合格でした。

呆然としながら河合塾にもう1年通いましたが、2浪の秋に行き詰まって成績はあまり伸びませんでした。浪人は1年で勝負をつけなくてはだめですね。共通一次試験(当時)でもめざましい得点は取れず、京大理に受かるための勢いはなく、それでも地球物理をやるなら国立でなくては…と判断して、もともと第2志望ではあった北海道大学理I系(=物理系,当時)を受験、合格しました。

ちなみに2浪では「アトがない」ので、気象大学校を“ダメモト“で受けたところ、一次試験当日が絶好調で合格。ここに合格した頃が私の学力のピークでし た。私大では慶応大学理工学部I系(=物理系,当時)と立教大学理学部物理学科に合格。気象大に行っていれば自動的に気象庁勤めが約束されていましたし、離島や山奥の気象観測員も悪くないと思ったものですが、いつか教師をやりたくなるかも知れぬと考え(気象大では教員免許が取れません)、北大に入学しました。

1988年北海道大学理学部地球物理学科(当時、以下同じ)を卒業。固体地球物理関係の2講座のうち「応用地球物理学講座」に所属していました。講座決めの前年(1986年)に伊豆大島が噴火したのにつられてか、固体地球物理志望の4年生が殺到。講座の部屋に学生が入りきれず、私は隣の建物にあった「地震予知観測地域センター」の図書室に座席を置かせてもらい、論文輪講や卒業研究などもそこの先生方にみっちり指導していただきました。卒業研究のタイトルは「内部圧力源による半無限媒質の表面変位」。簡単にいえば「マグマだまりの力学」です。卒業間際までオーケストラコントラバスにのめりこんでいたので、あまり真面目な学生ではありませんでした。

卒業後は応用地質株式会社[注1]に入社、探査工学研究所(浦和市,当時)で物理探査法[注2]の研究開発と実務に従事。最後の1年は本社で電気探査法の実務書を編集。1995年「物理探査学会賞」を研究所時代の上司との連名で受賞。

[注1]地質・土木・環境の総合コンサルタント会社。本社東京。札幌にも支社があります。
[注2]地盤内の物理的性質のちがいを利用して地下構造を探査する技術の総称。地震探査法・電気探査法など。

1995年応用地質を退職、札幌へ“Nターン“。クラーク学秀会(札幌市北区)で教師生活をスタート、翌年副塾長。おもに中学生の国語・社会・理科と小学生の算数・国語の一斉指導を担当。2001年8月に退職、同年10月 神谷塾を開業。

家族は妻+息子2名(大学2年・高校3年)と犬1頭。

資格など

高校教諭理科二級・(失効中ですが)乙種火薬類取扱保安責任者・漢字検定二級

著書など

  • 『建設・防災・環境のための新しい電気探査法 比抵抗映像法』(古今書院,1995,共著)
  • 『新しい科学の教科書 準拠問題集』地学編 (文一総合出版,2009,共著,監修・左巻健男)

勉強や受験に関することなら、どんなことでも結構です。

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