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まとめの方法(4) 「書いたものを憶える」のか

(『神谷塾だより』の連載記事の転載です)
まとめをしようとするとき、たいていの場合、それは何かに書いてあることですね。それをなぜ自分でわざわざ書くのか?…と考えてみると、それは書き(描き)ながら考え、整理・記憶するために違いありません。書いてしまった後で「書いたものを憶える」という行為はひどく退屈なものだろうし、「憶えるのは後だ」と構えていると書いているときには身が入らない。おまけに「キチンと仕上げる」ことに気持ちの重心が移ってしまって、効果が上がらないわりに時間ばかりかかる。悪いことづくめである。
書く過程こそが勝負。極端なことを言えば、書いてしまったものに用はない。捨ててしまってもいいくらいである。したがって必要以上にキチンと書く必要はないことになる。また、書店で売っている『要点整理』みたいなものとか、誰かが(たとえば教師が)まとめたものには大した価値はないことがわかるだろう。「自分もそういうものを書いてみよう」という気にさせてくれるという一点を除いては。教師がいろいろなことを憶えているのは、授業の準備として、または生徒に配るために、まとめを自分の頭でしているからである。
書いているその時が最も勉強になっているという例には、いろいろ心当たりがありませんか。たとえば英語の単語帳。これこそは書いているそのときが重要で、書いてしまってからは全く役に立たないものの代表ではないだろうか。高校に入るとそんなものを作っているヒマはなく、辞書を引いたそのときにできるだけ憶えるようにせざるを得なくなる。神谷は英単語のほか歴史年号とか化学式をカードにしてみた経験もあるが、なんとなく「そういう勉強のしかたがあるらしい」ので試しにやってみた、という程度だった。できあがった“作品”が大いに役立ったという経験はないような気がする。
なお、もしも「書いたものを憶える」方式で効果が上がるとしたら、徹底的にやった場合に限るだろう。「気の向いたときだけぱらぱら眺める」のではだめだ。毎日何度も見て、網膜に焼き付けなくては意味がない。その目的に適うという点で、トイレの壁に勝る位置はないと思いますね。家の中で唯一「どうしても見てしまう場所」で、その効果は計り知れない。だまされたと思って、たとえば日本地図を貼ってみませんか。

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