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ピアノ生活

大きな声ではいいにくいのですが、ピアノを習っています。…と言ってしまって、「どんな曲をやってるの」と訊かれてしまうと、「いや、まあ、どんなというほどの曲では…」などと意味不明のことを言ってお茶を濁すという、その程度のものですが。
いま小4の長男が小学校に上がる春に中古のアップライトを購入しました。それを触っていた長男がピアノを習いたいと自分で言ったので習わせることにして、ついでに私も始めました。先生は別の人ですが、ピアノ歴は長男とほぼ同じ、3年半くらいになります。2歳ちがいの次男も2年遅れて習い始めましたので、親子3人がライバル関係です。
もちろん、長男はいちおう毎日練習して毎週レッスンに通っているのに対し、私は月2回のレッスンのそれぞれ直前にあわててさらってはちょっとずつ進む、というテイタラクですので、今では歴然とした差がついてしまいました。次男にはまだ負けていないつもりですが、時間の問題かも知れません。
私は小学5年のときにちょっとだけバイエルをやっていたことがあり、中途で挫折してそれきりになっていました。そのあとギターをいじってみたり、コントラバスにのめりこんでみたりと変遷したものの、ピアノにはずっと淡い思いを抱いていました。中年になり、人生を折り返し、やりたいことはそろそろ始めないとできなくなってしまう、と思い、一念発起して始めたのです。41歳の春でした。


大人のピアノというものには、子どもがやるようなかちっとしたシステムはまだないようです。私の場合、指の練習と簡単なアレンジものでスタートし、1年後くらいに『おとなのハノン』とバッハの小曲集(全音から出ている、★ひとつのやつ)に入りました。『ハノン』は本物のエッセンスはそのままに、手軽に練習できるように編集しなおされたもので、それは現在も練習中です。いまはスケールを片っ端から。
バッハのほうは、「やはりそういうものをやらないと音楽がわかるようにはならないであろう」と考え抜いて始めたのでしたが、これがなかなか進みません。前から順に仕上げていくつもりでしたが、1ページの曲を仕上げるのに2~3か月かかり、やがてそれは半年近くにもなって、ついには仕上がらなくなってきました(笑)。仕上がらないし、そこはまあバッハですからみなありがたい曲にはちがいありませんが、さすがに練習していても面白くありません。しかも、仕上げたつもりの曲は少しさらわないでいると弾けなくなっているのです(笑)。
私にとってピアノは完全に余暇であって、生活の潤いでなくてはならないはずです。モノにならないバッハにこだわって鬱々としているのは本意ではありません。というわけで、バッハをやめる気はないけれど少し色の違うものをやりたい、と先生に相談して了解をもらいました。といいますか、こうなることは先生には初めからわかっていたのですね(笑)。練習する気になる曲を練習するのが上達のコツでしょう、というような助言をもらいました。
それでどんな曲にしたかというと、シューマンとかシューベルトとか、他のクラシックの人たちの曲ではありませんでした。クラシックは好きなのですがピアノ曲に私はそれほど指向性はなく(オーケストラ曲に指向性があります)、しかも、よく知っていて弾いてみたいと思う曲にはことごとくフラットが5個も6個もついていたりします。無理です(笑)。弾けそうな曲はというと、あまり練習する気になりません。わがままだなあ。
ある日、楽譜屋さんでたまたま手に取ったジャズの曲集が興味を引きました。ジャズをよく聴いているわけではない私にも馴染みのスタンダードが並んでおりまして、その中で My Foolish Heart 「愚かなり我が心」 がたいへん弾きやすそうなアレンジになっていました。かのビル=エヴァンスがオハコにしていた曲です。もたれるような、けだるいような雰囲気が弾いていて心地よさそうですし、曲名が自分そのものを言っている(笑)ように思えました。私が練習するのは家族が寝静まった深夜で、その時間帯にこの曲はよく似合います。
最近は『おとなのハノン』とその姉妹編の『おとなのエチュード』、それに自由曲としてこの My Foolish Heart という組合せで練習しています。My Foolish Heart の練習に合わせてペダルの使い方もおぼえ、「弾いていて気持ちいい」という、ピアノ開始当初に望んでいた状態が実現しつつあります。
ところで、ピアノであれなんであれ、習い事をするのは教師にとっては必要なことなのかも知れないな、と感じています。教師が仕事で生徒に教えることがらの多くは自分にとってはたやすいことで、そのため生徒が苦労して獲得しようとしているその気持ちを意識しないでいることがあります。その点、自分にとって思うに任せない何かを誰かに教わるということは、その「思うに任せない」感じを日常的に身に染みる良い機会なのです。ろくに練習もしないでレッスンに行って後ろめたい気分とか、せっかく練習して上達したつもりだったのに現場で失敗して次回に持ち越しになって悔しい気分とか、「こんな簡単なことを間違えやがって…と内心思われてるだろうなあ…」と冷や汗をかく気分とか(笑)。
そういった思いを抱きながら習い事を続けていると、生徒の気持ちもわかるし、継続するうちにいつのまにか上達しているかも知れない。私の場合はピアノですが、すべての教師のみなさんが何か習い事をすればいいのじゃないかと思います。

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